老人ホームで死ぬほどモテたい 上坂あゆ美著

読書とその周辺

今年の元旦から6月まで毎日記事を公開していた転職サイトをいまもとりあえず運営しています。そのサイトに対する需要がしりたくて、ツールでGoogle検索のキーワードを調べていました。

「老人ホーム ものが無くなる」や「介護 辞めたい」、「老人ホーム 高い」というキーワードの中に一風変わった、計色の違ったキーワードを発見し目に止まった。

「老人ホームで死ぬほどモテたい」。

これから老人ホームに入ろうという高齢者が「老人ホームで死ぬほどモテたい」とGoogle検索している。

最初は勝手にソーおもった。おもしろい老人がいたもんだ・・・・と。血気盛んな高齢者が少なからずいるのだろうか?と。

老人ホームではひそかに男女の関係を持つことがある。恋人関係ではなく、不特定多数との関係を作ることが問題となっていることは知っていた。

個人的には「何が問題なんだろうか?自由でいいじゃん!」という考え方。

少しこの「老人ホームで死ぬほどモテたい」を調べると、若手の新進の女性歌人の短歌集だと知った。これまで詩集や短歌には興味はなかった。

転職サイトのマーケティングでキーワード調査していたが、遙かにおもしろい方向に脱線し、短歌集がいま家にある。1度読んだっきりで。

日曜日に掃除をしているとこの「老人ホームで死ぬほどモテたい」がどこかから降って床に落ちてきた。で、掃除の手を休めて開き読む。

「人生で大事なことほどバズらない 蜜蜂は帰り道をわすれる」

「水商売なんかしやがってと金持ちのあの子に言われてからの人生」

「無責任で透明でした。好きでした。ペンキをかぶって抱きつきました。」

「人生はこんなもんだよ 眉毛すら自由に剃れない星でぼくらは」

「ここじゃない場所がどこだかわらない紙をちぎってたまに食べる」

「つっかえて流れないわたしの大便を母の彼氏が割り箸できる」

荒んでいる。入れ墨を入れた家族に育ち、標準家庭ではない家で育つ。狂った渦巻の中で、じっと見つめている透明な瞳に映る光景。

異世界につれていかれたような怖さ。

なんだろうか?この世界観は?

尾崎世界観さんではない。岡本太郎さんは本物の芸術の美は「醜悪美」だとおっしゃっていた。「あらいいわね~」という絵画や芸術は偽物だと言っていたのを思い出す。

みうらじゅんさんお勧めのピンクフロイドを最初に聞いた時の感じにもどこか似ている。いまの自分には、決して相いれない、くちに入れたくはない拒絶感。ソコから昨年の今頃はピンクフロイドにハマりにハマっていたっけ。

個人的にはオリジナルの凄さも好きだけど、2016年の原子心母の編曲がすさまじく醜悪で好きです。ちょうど昨年の秋に聞きまくっていました。

先日こんなことを言われ気になって借りている本があります。

「ココ・シャネルは憧れだもん・・・」

ココ・シャネルと上坂あゆ美がいま家に同居しています。

女性の憧れのココ・シャネルと大便を男に割り箸で切られるのをほっておける上坂あゆ美はどこかで凄みが似ています

短歌がなかったら生きながらえていなかったという著者。上坂あゆ美さんはいま30歳代。で、思春期を歌にしている。10代の心境はわたくしとも通じている。2022年の若いひとの感性を少しだけ知った。

老人ホームでモテたいと思う人はまずいない。だろう。恋心より病気や老いに持っていかれる。

自宅が終の棲家だとおもっていたが、じつは仮住まいのような老人ホームが終の棲家となることはある。いまわたくしの母は老人ホームで戦っています。

どんな弱い、希望のない居場所からでも、本能を、生きざまを忘れまいとする歌。1991年生まれの女性から生まれた歌だった衝撃。

「老人ホームで死ぬほどモテたい」というヘンテコな歌から勇気を得る。何があろうとしっかり感じながら、どこかでほっておき生きてゆく。

上坂あゆ美さんはどんな顔をし目をしているだろうか?

会って見たい気がしています。

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