自分を助ける! 天は自ら助くる者を助くの”天”は法則のこと。

ヴィパッサナー

悟った人は自分から「わたくしは悟りました・・」と言わない。自己顕示欲はないし、自慢することでもないからでしょう。

ライブドアの前身のオンザエッジでCEOをされていた小飼弾さんはテーラワーダ仏教のスマナサーラ長老との対話本の中で、スマナサーラ長老を「神」と表現されています。

小飼弾さんの言いたいことがわかるような気がします。人間ではない。人間を生きていらっしゃるけれど、次元を超えている。

ふつうの人々にとってわかりやすい表現で「神」と言いたかったのだとおもうのです。近年のスマナサーラ長老のYouTube動画を拝聴すると「占いは当たらない。神というものはいません!」と断言されています。

日本の神社の根っこでは太陽信仰があります。岡本太郎さんの「太陽の塔」は信仰の対象ではないんでしょうけれど、太陽こそエネルギーの源といったイメージをわたくしは受けます。

白状するとわたくしは、占いにハマっていたことがある。

九星方位学をチェックしたり、エネルギーの入ったお守りや数珠をはめていたことがあります。すべて地動説のくくりに入るような狭さを今では感ずるよう変わりました。

太陽は核融合で盛んに爆発し燃えている物質でしかない。

銀河は回転しているし地球も回転しているのに、東西南北の方位を気にして行動制限している愚。そんなことをしていたのだな~とわかった。

人体の中の気のめぐりはあるでしょう。けれど、どこかの移動の地点で「悪い気を吸い込んだ・・」なので「祓った・・・」というのもドーカとおもいます。自分の感情の世界なのかもしれない。ご自分の感情の浮き沈みを何かの悪い気のセイにしている。

脳の中で作っただけではないのか?

わたくしは以前、九星方位気学やエネルギーの入ったお守りや数珠をはめていたことがあります。そして、ソコからヴィパッサナー瞑想を知った。

深夜に薄暗いビルを巡回して回る仕事。

必ず、その階のその部分や階段で音がした。そんな体験をしています。追いかけてくる音が確かに鳴っている。不思議体験。

ヴィパッサナー瞑想をはじめてから間もなくすると、一切音がしない。

確かに聞こえた現実のリアルなあの音。

「あれは自分で作り上げた幻想だった、錯覚だったんだな・・・」と知りました。

しっかりと、すべき仕事に集中する。国家試験に受かるためにもしっかりと勉強する。心が落ち込まないように毎日慈しみの瞑想をする。

自分がしっかりすべきことをする。

コーしながら自分を助ける。自分のしあわせを築き育む。まわりの人々や生きている者たちにも優しく接する。

実行実践するから、その結果が良くなる。やっただけの結果は誰にでも付いてくる。

占いのだめなところは、自分を成長させる実行実践がまるでないトコ。

山の上にある神社へ参拝。高い高い階段を上るのは大変でしょうけれど、自分の人格を上げることではない。

人間性が向上する要素が信仰にも占いにもありません。

初期仏教=テーラワーダ仏教を学び実践すると、何をすると人間性が向上するかわかります。何が放逸で何が不放逸かもわかります。

法則なので、だから、どなたでも同じような結果を得ることができます。初期仏教は信仰ではなく認識論のようなもの。論理的な方法論が展開されています。(わたくしは中のひとではありません念のため)

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