ある会社の新製品のパンフレット制作費が1,000万円。クライアントの経理担当者が相次いで退職し、本間さんの会社からの請求業務が滞って数か月。曲者のその会社の社長に支払いを直談判すると、新しい経理担当者によって、うまく処理できるはず、という事であった。
ところが、その1,000万円をその曲者の社長は、故意に支払わない。
その1点で、社内で本間龍さんは窮地に立たされた。勤めていた会社が近く上場する。上場前に株を買いたいという知り合いが偶然に現れた。
そして、株購入資金として託された金を、社内で問題化した製作費1,000万円の、代金回収に見せかけて振り込む。一度タガが外れると、愛人を作ったり、豪遊したり、見境が無くなった。詐欺をしたのです。
金が足りたくなると、サラ金を頼り、そこで借りられなくなると、闇金に手を出した。最終的に友人20名に株購入資金と偽り詐欺を行い続けた。
そして、騙された側の友人ひとりが本間龍さんを告訴。そしてもう一人も。
当時のニュースを知らないけれど、大きなニュースとして取り上げられ、実刑の判決が下されて1年ほど服役する事に。
前科のあるひとであるにも関わらず、一月万冊での本間龍さんは実に明るい。ひょうひょうとしている、笑顔がお茶目ですらある。
普通に考えると、「不遜極まりない!」とみな思うのだと思います。散々迷惑をかけておきながら、チャッカリオープンマインドで、政治批判なんかしていらっしゃる。
「そんな資格はあなたにはない!」と思う事は普通なのだと思うのです。
犯罪を犯した人を決して許さない社会はある意味では正しい。
なぜならば、犯罪を犯すハードルが高ければ社会に犯罪は増えない抑止力にはなる。
その一方では、犯罪を犯すとすべての前科者が死刑の極刑になるわけではなく、罪の重さごとに償うことが法律によって決まっています。
この「転落の記」でしみじみと人の好さが伝わるのは本間龍さんの2つ年上の中川先輩と30代の女性検事、東京地検の村木検事。そして地検書記官。
事件を起こしてマスコミ報道がなされ誰にも心を打ち明けられなかった本間龍さんは中川先輩にこれまでの全てを懺悔するようにして告白し、身の振り方を相談します。
すると、全く動揺を見せず、本間さんの眼をみながらこう中川先輩は言います。
話してくれてありがとう。そこまで長い間苦しみを背負ってきて、お前も随分辛かったろう。
お前がやってしまったことは確かに間違いかもしれないが、
俺にとってお前はかけがえのない友人だし、この件があったからといって、
その気持ちに何ら変わりはない。だから、俺にできることは何でもするぞ!
・・・
いいか、死んで責任を取ろうなんて、絶対に考えるなよ。
こういう人が世の中にいるんだと思うと同時に、「人はこうあらねばならない。」と私は思いました。本間龍さんには刑期を終えてから迎え入れてくれる実家には家族がありました。そして、中川先輩、調書をとった村木検事と傍らに書記官。
東京地検の検事室で調書を取る。その担当が村木検事。
村木検事:「詐欺罪を認めるということは、裁判になった場合、ご自分に非常に不利になる可能性がありますが、よろしいですか?」
本間さん:「はい。理解しております。申し訳ありませんでした。」
村木検事:「しかしあなたは平田さんに対して、この件はインサイダー取引に抵触する、と言っていますね。平田さんの方ではそんな話は聞いていない、と否定していますが、それはどう思いますか?」
本間さん:「もし本当に未公開株を秘密裏に買うのであれば、その行為自体が間違いなくインサイダー取引に該当することは常識ですし、彼もよくわかっていたと思います。言った言わなかったを争ても仕方ありませんし、そもそも彼を騙したことは間違いありませんので、非は自分にあります。」
村木検事:「相手がインサイダー取引と認識していたかどうかは関係ない、ということですね。」
本間さん:「おっしゃる通りです。申し訳ないと思っています。」
村木検事:「ご苦労様でした。これで取り調べはすべて終わりです。これから検察内部で話し合いを行いますが、もしかしたら裁判を受けて頂くことになるかもしれません。それとは別に、本間さんとのお話で感じたことはあるのですが、お話しをしてよろしいでしょうか?」
本間さん:「もちろんです。」
村木検事:「あなたは私の質問にとても素直に答えてくださいました。やってしまったことは大変残念ですが、あなたが自分の行為を反省していることは十分伝わりました。
そこで私が感じたのは、あなたがもし博報堂にいなかったら、もしくは博報堂が上場していなければ、あなたはこのようなことをしなかったのではないか、ということです。・・・きちんと相談できる人がそばにいれば、こんなことにならなかったのではないですか?」
この言葉を聞いて本間龍さんはしばらく嗚咽が止まらなかった。書記官が無言で近寄ってきてティッシュを数枚渡してくれた。
こんなやさしい人々に気持ちと言葉で支えられたから、本間龍さんは自殺せずに済んだのではないか?
そして、優しい人々の言葉をしっかり受け止めて、生きる決意をし、その優しさをもって本書執筆の機会で考え、前科者たち(本物の悪党ではない人)を励ますと決めた、のではないか?
犯罪を犯してなお、服役によって罪を償ったのならば、日本という世間で蹴散らかされても、堂々とその後の人生を全うしてもいい。そのような世の中になって欲しいと。
しっかりと償い、反省した前科者を排除ばかりしていると、その人は行き場を失ってさらに犯罪をせざるおえない。ということもあるでしょうから。
自分と同じような愚か者にエールを送るために、本間龍さんは、時に柔和な笑顔で、時に理不尽な大きな力に対峙し、叱って見せ、元気な姿を公に見せているのだと思うのです。
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